低学歴が海外でのし上がる為に必要だった3つの絶対

考察

いやー、やっと先月の東京セミナーを終えて、バンクーバーへ帰ってきましたが、最近全然ブログまともに書いてなかったので、今日はリハビリ記事です。適当に書きます(笑)やっぱ書き続けないとブログも書き方忘れますね。

っていうか、やはり夏だけで言えば圧倒的にバンクーバーの方が過ごしやすいですね。マジ天国です。ありがとう西岸海洋性気候、愛してるぜい。

ここ最近の1年間のスケジュールを見ると、5ヶ月間カナダ、1ヶ月間日本を繰り返しています。少しづつ僕の理想である夏はカナダ、冬は日本(か他の国)の生活目標に近づきつつあるのが嬉しいです。

で、いきなり話しは変わるんですが、こうやって何か目標を掲げ、実行に移し、頭擦り切れるまで考え抜いた上で実現させる一連の行動を、なぜか明後日の方向から自身でブレーキをかけようとする人たちが最近多いように感じます。『自分は〜が無いから目標を実現出来ない』的なのもそう、『分からにから〜は出来ない。』みたいなのもそう。

僕は海外いってみっかーと飛び出したのが21歳の時、生活の安定を確信したのは24歳辺りの時。家を持ち、今の会社を作ったのが27歳の時。

そういう経歴で悪目立ちしてしまったせいで、よく老若男女問わず『今に満足してない、どうすればのし上がれるか?』という類の質問をされる事が多いです。

というわけで、今日は帰ってきたばかりで暇なので、ちょっと僕自身が今日まで頑張ってきた中で見つけた、僕自身が絶対に忘れてはならないと思っている3つの考え方的な物を書いてみようと思います。毎回書くようですが、あくまでも僕の経験の中からの話なので、人によって何もかも異なると思いますし、こういう事考えてる奴もいるんだレベルで見てもらえると幸いです。

それでは、行ってみましょ〜!

頭擦り切れるまで考えるのを絶対に止めない

結局、目標に対し実現出来る人というのは、単純過ぎるかもですが『頭擦り切れるまで考えぬける人』だと思っています。僕もそうなりたいと思っています。

その辺の超頭良さそうな一流エリートさんに『これと言って実績無いし金も無いし高卒だけど海外で活躍したいけどどうしたらいい?』なんて聞いても相手にしてくれるわけがありません。どこぞでセミナーやってる偉いっぽい人に聞いても、出版とかしてる偉い人でも同じです。話しも聞いてくれません。まぁそんなアホな質問して失礼なやつだと思われようが、こちとら真剣なわけです。

でも、頭擦り切れるまで考えて考えて、悩んで悩んで、一つづつ必要になる事が分かってくる。その必要になる事に対してさらに必要な努力が何かを次はまた考える。じゃぁその努力をするための環境をどうやって作り出せるか、それをまた考える。さらに必要な環境を構築するに当たって、誰の協力を得るべきか考える。その協力してくれた人にはどうやって還元出来るかを考える。

僕の今があるのは結局は考え続けた結果に他なりません。別に誰かが用意してくれたわけでも、そこへ向かうレールが敷かれていたわけでもありません。

ですが、考える事自体を放棄する人はやっぱり多いと僕は思うわけです。

休暇は少ないより、多い方が良い。残業はするより、しない方が良い。スキルは無いより、ある方が良い。お金は無いより、あったほうが良い。時間は無いより、あったほうが良い。

じゃぁどうする?

ここから先は頭すり切れるまで考えるパートです。自分がこうなりたいという理想に対して、一瞬足りとも考える事を止めない努力が必要です。

僕は先日、バンクーバーにある牛角で友人に『セナくんの得意な事は何?』と聞かれた時に『考えぬくことです。』と答えました。それが結局は僕の特技であり、今がある理由で、これから先が楽しみな理由でもあります。

基本的に周りの声は聞かない

周りの声というのは聞こえないふりをしていても、やはり聞こえてきてしまう物だと思っています。でも、ある一定のラインから逆に笑いが込み上げてくるんですね。

低学歴で経験も浅い僕が海外へと口にすれば、知人からは『典型的な中二病患者』と罵られました。中には僕がいかに間違った選択をしており、いかに不可能な目標なのかを小1時間語り続ける人もいました。基本的には『日本で通用しない人間が、世界で通用するはずが無い』。僕が疑うという事を知らなかったなら間に受けていたかもしれませんが、結果は言うまでもありません。

いざカナダへ渡った頃、周りの人間の9割は語学留学生で英語ばかりを勉強している中、僕は「英語じゃ勝てない」と、海外に居ながら英語の勉強を諦め、通っていた語学学校を辞め、自分の好きなWEBデザインばかりに没頭しました。ですが、周りが語学留学生ばかりだったこともあり、僕の『英語の勉強を止める』という行為が侮辱に写ったのか、雨あられと僕を説得しようとする人たちが現れます。『限られた時間の中で一生懸命やろう』『逃げるな』『頑張ろう』。どれも僕の事を思って言ってくれたことだったのでしょうが『英語なんて10年くらいいれば適当になんとかなってるんじゃね?っていうか通訳付ければいいじゃん。それよりこの国に必要とされ、ビザの問題を解消するには、WEB制作のスキルをより高める方が断然早い』と判断したので、周りの声は基本全部無視しました。

他にも、僕がいかに間違った道を歩んでいて、考え方がダメなのかを説得しようと試みた人は星の数ほどいましたが、全て無視してきました。他にも、自分と同じ土俵/立場に立たせようと説得してくる人も同じです。

もし僕が『周りがそう言ったから…』と、日本で実績を積んでから世界へと考えを変えたり、カナダに渡り周りと同じように英語だけを学んでいたら、恐らく今の僕は100%居なかったでしょう。

周りの声から聞き入れても良い物は基本的に『理想の自分に近づけるための情報』だけだと僕は割りきっています。全く相手の話しを全て聞き入れないのは情報収集の面であまり良く無いと思う(それでも全部聞き入れるより断然マシだと思いますが…)ので、自分の理想のために必要な情報だと思ったら、例え相手が嫌いな人だろうが、中学生だろうが、真剣に聞く事はまた大事な事だと思います。

他人がくちにする、出来ない、無理、不可能な理由に耳を傾けるだけ時間の無駄です。それが例え親族であろうが自分の考えをまず先に押し通す覚悟が無ければ、思い通りの自分なんて手に入らないと僕は思います。

そして、どれだけ痛いだの現実逃避だの言われた所で、結果が出れば皆黙り、それまで罵っていた人たちですら手のひらを返します。その瞬間『あぁ、今まで辛かった自分がアホみたいだ。』と乾いた笑いに変わるわけです。一度そうなってしまえばだいぶ楽、問題はそこまで自分を押し通せるかどうかなのです。

目立つ為の努力を惜しまない

例えばの話しですが、人の能力を10段階で測れたとして、レベル5のカナダ人と、同じくレベル5の日本人であれば、当然カナダという国に居る以上はカナダ人の方があらゆる面で優先されます。皆同じ地球に住んでる人間じゃないか〜とか言っても、そこに平等なんかありません。当然カナダという国である以上は自国の人間が優先されます。カナダ人に出来る仕事を、わざわざ外国人に明け渡す必要など基本的には無いのです。

その中で、僕ら外国人が他国で生き残るためには基本的には2つ、人材の足りていない市場に参入するか、自分じゃないとダメな理由を証明するかのどちらかです。WEBデザイナーなんてまさにカナダ人でも出来るので、基本的には後者となるわけです。

じゃぁ、自分じゃないとダメだと、自分にしか出来ないと、どういう手段を使って証明するかは人によって全く違いますが、とにかく人と違う事、目立つ事をどんどんアピールして行かなければなりません。

僕はある時期から自分が低学歴であることを人に話すようになりましたが、それはそれが目立つと判断したからです。もちろん、本当に実力があるのであればそんなことする必要はありませんが、2年前の自分にはその実力が無かったので、とにかく目立つ為に『自分は高卒だ、しかし海外で活動している。』と豪語するようになりました。

今や大卒が半数以上を占めるこの状況で、高卒であること、そしてある程度結果を残した事というのは、間違いなく『目立つ』という面においては武器になるわけです。ハーバード大学を出て、海外で活動していると言われれば未経験の要素が強くて基本『凄い!』で終わりやすいですが、日本の高卒で21歳からずっと海外というだけで見下されやすい分『どうやって?!』に変わり安いです。悪目立ちかもしれませんが、相手の興味は新たな価値になり、アイデアになります。僕の経歴を公開するだけで『もしかして学歴や経験が無くても海外は夢じゃないのかもしれない。』と思ってもらえる事だって、そこから見える未来やビジネスも絶対にあるわけです。

目立つ事を避ければ、人の反感は買いません。しかし、目立つ事を避け続けた結果として、見えなくなってしまう物もまた多いと僕は思うのです。

 

以上、いかがでしたでしょうか?

ちなみに、僕自身の限界なんでしょうけど、どうしたら良いのかを頭本気で擦り切れるまで考えても出てこない答えもあります。そんな時は、ジョブス先生の言葉を思い出します。あの有名なスタンフォード大学の『If today were the last day of my life…』ってあれ。今日が人生最後の日だったらってやつ。

あれ、毎日やるって超ハードな事だと思うんですよ、僕は洗面所に紙で貼ってても毎日んなこと考えるなんて無理でした。でも、このタイミングで思い出そうってレベルでなら教訓に出来る。

だから僕は、自分が今やってることや、これからやるべきことに迷った時限定で、この選択で死ぬとき後悔しないかなって考えて過ごしてきました。

結果、20代前半で頭擦り切れる程考えまくった末に生活と時間の余裕を手に入れ、20代の後半は遊びと仕事半々で生きています。このまま40代は完全に遊んで暮らしたいですね。もちろん、楽しい事は全部やりたいので、そこに仕事も入ってるかもしれないですね。

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