さて、どんな人にも周りの誰かより長く時間を費やした物って、何かしらあると思うんですが、僕の場合は『国外に挑戦するエンジニアやデザイナーと接してきた人数と時間の総量』だと思う訳ですね。恐らく、個人単位で見れば日本で最も海外挑戦するエンジニアとデザイナーのサポートしてきた自負があります。
「自分は他人よりこれに費やしてきた時間と経験だけは負けない」という物が何か一つでもあると、人生だいぶイージーだなと思うわけですが、そうやって人生イージーモードに突入するためには、当然ですが『努力』という名のめっちゃめんどくさいステージが待っているわけで、そのステージの過ごし方次第で、イージーな人生になるか、ベリーハードな人生になるかが決まると僕は思っているわけですね。
イージーかハードかの違いについては人によって認識が異なりますが、ここではとりあえず『自分の思い描いた課程と結果を迎えられているっぽい人』という意味に限定させて頂きます。
まず「努力」と「苦労」の違い
これは語学にもプログラミングにも経営にもブログ運営にも全部にいえる事じゃないかなと思いますし、日本人に限った話ではないのですが「苦労」は知っていても「努力」を知らない方が、実は多いなと感じる事が多いんですね。
辞書で引いてもそうだと思いますが、努力とは実現したい目標があり、その上で試行錯誤する事だと思うのですが、既に用意されている事をそのままなぞるのは、時間さえかければいいわけですね。レールが敷かれているとすれば、そのレールを走る事に苦労はしますが、どこへ向かえば良いかはわかってる。
世代でイメージすれば、戦後の日本を復興させた先人たちには僕は尊敬の念しかありません。過去に事例の無いレベルの復興をゼロやマイナスから遂げたのは、正にレールの無い所にレールを敷く作業だったからだと思うんです。何も無い場所、環境から頭をフル回転させ、情報を共有し、統制を取り、配給を回復させ、混乱から立ち直り、目覚ましい発展を遂げ、当時GDP2位の大国にまで引き上げたのは並大抵の努力では無かったと思うわけです。そのため「日本人はゼロから1を作る事ができない」と言われれば、そりゃNOを突きつけたくなります。人種の問題じゃない、生きた世代の違いじゃないかと思いたくなるわけですね。
逆にバブル期の人たちは敷かれたレールをなぞる事が全てだという人が多いのは想像するに難しくありません。敷かれたレールをなぞる事に全力投球だった人は多かったでしょうし、その過程に当然苦労もあったでしょう。ただし「苦労」は報われた時それは「努力」に代わるので、彼らもまた努力家であったことに結果としてはなるんじゃないかと思っています。
ただ、この二世代間の努力の質のイメージだけは共有したい所で、要は「こうすればあなたは成功する」とされるレールの数がどれだけ用意されていたかの差。現代において見れば、時代が急速に変化し、プライベート、仕事、社会、その他全てが大きく変わり続ける中で、用意されているレールが一つづつ剥ぎ取られているのを感じる人は多いように思います。もちろん剥ぎ取られた分、新しく歩めるレールも沢山生まれているわけですが、他のレールを探す行為は実は相当疲れるんですよね。
とりあえず現時点で言いたい事は、今の時代に必要なのは間違いなく戦後の日本を復興させた方々の努力の方だと思うわけです。焼け野原から復興する事の大変さは僕らの世代からは知るよしもありませんが、『どうすれば理想へたどり着けるか』という正解ルートが見えにくい現代においても、同時に必要なマインドなんじゃないかと邪推するわけです。
言うまでも無いですが、どちらの世代を生きた分けでも無い僕は、書物と憶測から来ている情報に他なりません。思い込みも形次第によっては有効に使えるため、ここではその真意は問わない物とさせて欲しいです。そういう話題が好きな場合はどこか他で一緒にやりましょう。
住む国が変わろうがどうにかする人達
Web業界からだいぶ離れ、ブロガーからも離れ、この2年は完全にFrogに終始どっぷりだった僕の得た物は、数百人にも上る海外就職の相談とキャリアコンサル、そして後はFrogのインタビューやイベントページでも見て貰えればと思いますが、彼らとのつながりと会話の量です、ブログ開設時から続けているので、かれこれ6年近くになるでしょうか。
正直、ここまで続けると恐らく日本で最もエンジニアの海外就職に携わってきているという自負があります(もちろん僕を支えてくれる周りのサポートがあっての話なのは言うまでもありません )。365日ほぼ毎日、海外で活動したい、いづれは世界へ、家族を移住させたい、子供に可能性を示したい、恋人と一緒になりたいetc…等など、それぞれの大いなる夢を叶えるための情報共有とカウンセリングに没頭してきました。『続ける』は本当に最強の成功術だと思うのが、こんな僕でも日本一にしてくれる事ですね。(注:本当に日本で一番エンジニアの海外就職に関わったかは知りません、周りで聞いた事が無いので名乗ってるだけです。恥ずかしいのでそういう事にしておいてください。)
ただ、残念ながら全員が自分の理想や目標を叶える事が出来るわけではありません。では、自分の描く未来像をキチンと描き、達成する人に共通する物は何なのか。あくまで僕が様々な「海外に出てまで達成したい何かがあった人達」を見てきて感じた事というベースで今日はここで明確に書いてしてしまおうと思います。
結局は「分析力」の違い
普通にその辺の自己啓発系の本とかに書いてありそうな内容で申し訳ない限りなんですが、それくらい当たり前の話として、何が満足に繋がるかは人によって違う。というダイバーシティの基本のような話から入らざるを得ないと思うわけでうね。
しかし、思った以上に自分の分析、というより自分と会話できていない人は多く、近代社会において「自分の意見の無い人が増えている」と言われて久しい今日この頃ですが、上にも書いたよう海外に出てまで達成したい何かがあった人達の中で、本当に達成しちゃう人達って総じて『自分との会話』が上手いなと感じる今日この頃なわけであります。
大体人によって理想の自分に必要な物が、
- 「とにかくお金を稼ぐこと」かもしれないし
- 「とにかく沢山の人と友達になること」かもしれないし
- 「とにかく偉くなること」かもしれないし
- 「とにかく誰かに認められる事」かもしれない
- 「幸せな家庭を築く事」かもしれないわけで…
とまぁ、その人その人によって目指してる物自体がそもそも違う。
で、ここからが大事なわけですが、
この『自分にとっての理想』から遠ければ遠い『苦労』をしている人ほど、結果に繋がっていない人が多い。(と、僕は思うわけですね)
自分にとって何が満足なのかを意識できていない、分析できていない、だから他人の意見に耳を傾けるけど、そもそも自分の分析が出来ていない時点で他人の話を聞いてもそれが自分の理想なのかも分からない。
海外就職の相談なんかに応じているとそう感じる事はやっぱり多くて、例えば「大手通信会社に務めているけど今後のキャリアパスが全く見えておらずスキルに自信もないので、留学して現状を変えたいが現在の福利厚生を捨てるのに抵抗がある。」みたいな場合、相談を受けてるこっちとしては「相談してる時点で何かしらに満足してないんじゃ…?」と思う事が多いんですが、その時考えるのは「じゃぁ、この人にとって一番大事にすべき事は何なんだろう」という事。相談を受ける側としては、それが見えていると相当楽なんですよね、その大事な事に集中して話をすれば良いので。「じゃぁ留学すべきっすね」「じゃぁ留学しない方が良いですね」という結論を、自分達なりに導く事が出来る。
それで最初の話に戻る分けですが、僕は特に他人と比較して秀でている所は何も無く、技術力が特別あるわけでもないし、学歴は高卒だし、お金も無かったし、職歴も頼る人もメンターも何も無い人間だった分けですが、恐らく人より秀でている所があるとすれば「自分自身と会話する能力」だったのでは無いかと思うわけです。そして何百人、何千人と、海外挑戦するエンジニアやデザイナー達と話をしてきて、その上で結果を残す人達の事を見ていても、この「分析力」のような物は、恐らく誰しも持っている物じゃないんだなと、確信めいた物に近づいてくるわけです。
自分を分析した上で、何を大事にすべきかを知っていると、余計な情報を入れずに済む。余計な本も、余計な人とも、余計な時間も使わずに済むので、時間の節約にもなる。あまりにも余計な物との接触を避けていると、知人や友人にサイコパス扱いされる時があるので注意が必要ですが…。
というわけでまとめたいと思います。
人生をイージーに生きるためには、自己分析の上に決めた方針を見失わないよう努力し続ける事で達成できるもんじゃ無いかと僕は勝手に思っているわけです。
間違っても、他人や社会に合わせて苦労し続ける事でもなければ、我慢する事でもありません。自分にとって何が一番達成したい目標か、そもそも何を大事にする人間なのかを、自分自身が分かっていない段階で死ぬほど苦労しても、それは残念ながら大多数の人にとって、ただの苦労でしか無い場合が多いと思います。
そして可能であれば、誰かに何かを相談する時というのは、この自分をキチンと持っている状態で相談しましょう。どれだけすごい人であってもエスパーでは無いので、自分がどういう人間で何を大事にし、どこに行きたいのかを明確に持っていないと、どうしても相談の結果が明後日の方向へ行く事が多いように感じます。
そして自分の一番が明確に分かっている人は、挫折にも強いです。自分が何をすべきで何を大事にしているか分かっているので、何かに失敗したとしてもその一番に対し、また何から手を付けたら良いのか分析する能力も高いような気がします。そして極論を言えばそういう人は挫折することが無いです。失敗する事を糧にし、最終的に目標を達していれば良いやというイメージを持っているからですね。「自分には夢があったけど、達成出来なかった」という言葉は、「途中で考える事を辞めた」という表現の方が実は合っていて。論理的に考えて、失敗すれば成功パターンを多く情報収集出来るはずなので、失敗はすればするだけ成功へ近づくという当たり前に、感づきそうな物ではあります。
まぁ要は考え続けようって話なんですが、他人の話を聞く前に、自分自身の一番を決めた方が色々楽だよっていう、端的にまとめればそういうお話になります。
というわけで、久々の記事がこういう感じになりましたが、皆様良き自己分析ライフを~。